地下深くの闇からの声

ホラー

大阪市の中心部にほど近い、古いビルの一角に、小さな印刷会社がひっそりと営まれていた。そこで働く若い社員は、夜勤の時間が最も好きだった。その静けさと、自分の仕事だけに没頭できる時間が、何よりも心地よかった。しかし、ある夜から彼のその感覚は一変した。

その日は深夜2時頃、印刷機の音がいつもより静かに聞こえていた。周囲のざわめきが消え、世界が沈黙に包まれる中、彼は地下の倉庫に向かった。そこには大量の古紙やインクが保管されており、必要なものを取りに行くのが彼の役目だった。

地下に降りる階段は、古い木製で、踏むたびに軋む音が響く。いつもならその音でさえも安心感を与えてくれたが、その夜は違った。降りていくにつれて、まるで誰かが彼を待っているような、不気味な雰囲気が漂っていた。

倉庫の扉を開けると、そこはいつも通りに見えたが、空気が重く感じられた。作業を始めようとしたその時、何かが耳元で囁くような声が聞こえた。「出てきなさい…」

驚いた彼は一瞬立ち尽くしたが、自分に言い聞かせて作業を続けた。しかし、その声は次第に大きくなり、まるで地下深くから這い上がってくるかのように感じられた。恐る恐る振り返ると、倉庫の奥、通常は訪れることのない、更に地下に続く小さな扉があった。その扉はいつも鍵がかかっていたはずだが、今夜は開いていた。

好奇心と恐怖が入り混じった気持ちで、彼はその扉を開けた。そこに広がっていたのは、狭く、薄暗い通路だった。そして、通路の奥から、間違いなく人の声が聞こえてきた。「出てきなさい…」

彼は震えながらも、その声に引き寄せられるように進んだ。数メートル進むと、通路は急に深くなり、まるで穴のような場所に変わっていた。そこから聞こえる声は、もう一つの世界から響いてくるかのようだった。

その声は、次第に具体的な言葉を形成し始めた。「あなたが来たのを待っていた…」と。そして、彼は突然、下から強烈な力で引きずり込まれるような感覚に襲われた。パニックに陥りながらも、彼は必死に這い上がろうとしたが、身体が一向に動かない。

その瞬間、彼は気を失った。そして、目が覚めた時、自分が倉庫の床に倒れていることに気付いた。周りには誰もおらず、静寂が戻っていた。しかし、その体験の恐怖は、彼の心に深く刻まれ、二度と夜勤で地下に降りることはなくなった。

その後、彼はそのビルを辞め、別の場所で働き始めた。しかし、時折、その声が夢に現れ、地下深くの闇からの呼び声を思い出し、震え上がるのだった。

タイトルとURLをコピーしました