数年前、私は友人と一緒に旅行を計画しました。目的地は、日本にあるとある山奥の小さな村で、そこは観光地化されていない、ほぼ忘れ去られた場所でした。インターネット上では、この村についてほとんど情報がないため、我々は探検家気分で向かいました。
村に到着すると、そこは完全に静寂に包まれていました。古い木造の家々が立ち並び、道には雑草が生い茂り、まるで時が止まったかのような雰囲気がありました。村の入り口に立つと、妙に寒気がしたのを覚えています。
「何か変だよな」と友人が言いました。確かに、村全体から何か言い知れぬ不穏な空気が漂っていました。それでも好奇心に駆られ、我々は村を探索し始めました。
最初に目にしたのは、村の中央にある広場でした。そこには大きな井戸があり、その周りには古い石碑が立てられていました。石碑には何かが刻まれていましたが、風化が進んでいてほとんど読めませんでした。唯一判読できたのは「この村は呪われた」という文字列だけでした。
「冗談じゃないよな…」友人は笑いましたが、その笑い声もどこか乾いていました。私たちは井戸の周りを一回りし、次に村の家々を調べることにしました。
最初に入った家は、まるで時間が止まったかのように、食事の準備がそのまま残されていました。テーブルの上には埃をかぶった茶碗、食器棚には割れたままの皿。まるで急に全ての人間が消えたかのようでした。
「ここから出よう」と言った友人に同意し、次の家を訪れました。しかしそこでも同じ光景が広がっていました。まるで村全体が一瞬で滅んだかのようでした。
その時、私はふとあることに気付きました。どの家にも、どの部屋にも、写真や人間の痕跡はあるのに、一つだけ共通して存在しないものがありました。それは鏡です。どの家にも鏡が一つも見当たらなかったのです。
私たちは次第に不安に駆られ、村を出る決意をしました。しかし、その決意が遅すぎたことをすぐに知ることになります。
村を出る道を探していると、夜が訪れました。月明かりだけが頼りの闇の中、私たちは何かが後ろからついてくる気配を感じました。振り返ると、何も見えないのに、冷たい息が首筋に触れた感覚がありました。
「走ろう」と友人が言い、私たちは全力で村から逃げ出しました。だが、その逃走中に私は足を踏み外し、地面に倒れました。友人は振り返り、手を差し伸べましたが、その瞬間、彼の目が何かに引き付けられました。
「何かが…」彼は震えながら言い、私の視線もそこに引き寄せられました。村の中央、井戸のある広場に、何かが立っているのが見えました。それは人間の形をしていましたが、まるで影のような存在で、闇の中に溶け込むように見えました。
その存在はゆっくりと私たちに向かって歩いてきました。友人は恐怖に駆られ、再び走り出しましたが、彼の足は地面に根付いたかのように動きませんでした。私も同じく、恐怖で足が竦んでいました。
その影が近づくにつれ、冷たい風が吹き始め、私たちの耳元で何かがささやくような声が聞こえました。「ここから出してはならない…」その声はどこか懇願するような、しかし恐ろしい響きを持っていました。
私たちは何とか村から脱出し、車に飛び乗りました。エンジンをかけると、後ろから何かが追ってくる気配がしましたが、振り返らずに全速力で逃げました。
村から数キロ離れたところで、私たちはようやく車を止め、安堵の息をつきました。しかし、その安堵も束の間でした。車のバックミラーに映ったのは、村の風景がまだ見えていること、そしてその風景のなかで、影のような存在が立っている姿だったのです。
その後、私たちは決してあの村の名前を口にせず、訪れたこともないかのように振る舞いました。だが、夜中に目覚めるたびに、あの冷たいささやきが耳元で聞こえる気がして、私はいつまでもその恐怖から逃れられないまま、生きています。